2026-07-14Entry

公園で本を読んだんだけど

50Pしか進まなかった。

本当は200Pくらい進めると思ってたんだけどな(驕り昂り)。

公園で本を読んだら集中できると思ったんだけど、本が面白くないよ本が。あとアリが登ってくる。これまでの知識の延長線の本を読んでも仕方ないんだろうね。知らないジャンルの本読んでかないといけない。でも何がいいのかな。

この文章トリキで書いてるけど、とあるフレンドが言及してたごはんセット頼んだら完全に主役を米に奪われてしまっている。いやこれ普通に量多いっす。飲酒と米を両立しようなんておこがましいとおもわんかね……。

一回新書のフェーズなのかもしれない。新書コーナーに行って新書見るんだ明日は。その前に公園で読んだ本を読みきらないと(残り300Pくらい)。何の本なのかは読みきってから書く。

いやーもうAIくんが読書の美味しいところだけ取っていくんよ。結構AIに名著紹介してもらってるから。その場でAIに聞くと面白いところだけ解説してくれるんだよね。AI(LLM)はいつもそう。ここでドーパミンについて言及しようと思ったけど、2020年代中頃にドーパミンについて言及する記事が急増してると思うと嫌。嫌なことが多い。うっ。


せっかくトリキに来ているし、ここで終わらせるのは勿体ないのでは……?トリキで読書したら捗る(完全な嘘)。


趣味が読書って幅が広すぎるだろ……!ハァハァ……。俺はNAGiSAで趣味読書の人がいても言及できない。いや本来言及しないといけないけどね。

やらないことをアイデンティティにするのはカッコヨクナイ

基本アバター改変しないけど、意固地になって改変しないのはまた別種の病だと思った。それはNAGiSAでそういう人に会うと思うんだろな。絶対に○○アバター使わないっていうのも違うんすよね。病と趣向の区別をつけたほうが、頑なに"やらない"より説得力が出ると思いませんかあなた。僕が強靭な精神力で改変をしなかったとして、それは病理なんで一旦着せかえをして脱・病するわけだ。その上で残るのが趣向なわけだ。じゃあイケメン青年アバターや人外アバターを使うのかっていうとそれはまぁ程度の問題といいますかね……。

オタクのべしゃりを"脱"したいアバねぇ

オタクのしゃべりっていうのは構造として分析できると思うんですよね。オタクのしゃべりは心の弱さだからね。(この場におけるオタクとは、この世の悪を一手に引き受ける存在である)

名詞句によってオモシロを稼ごうって考えがモタクであることが間違いない。文全体も構造で落とせる人間の方が憧れるが、zuu-san自身が、そのオチを全く理解出来ていないためそれを再現することができない。俺はオチのある会話で笑う自信がない。種類による。人間的近さにもよる。でも陽の人間のべしゃりのオチを理解力の無さによってドカ笑いできない事例が積み重なると、人間は名詞句によってオモシロを稼ごうという趣向になるんだろうなと思う。要は修飾子の多さに表れる。修飾子は心の弱さ。自分の感情が伝わらないことを恐れるあまり修飾子でそれを担保しようって力学が、オタクしゃべりをオタクたらしめるんですよ。もしくはギャップの輸入。話のギャップを己で作れるのか。ギャップが作れない場合は名詞句でギャップを担保する。これはある種の人間不信に他ならないと思う。オチのない会話、面白味のない会話をして相手に突っ込まれる経験がそうしている。これは脱人間不信をやっていく必要があるわけだ。他愛もないことを喋ることができる関係を築くことができるかなんだっつってんの。

もしくは、相手の話が面白くないので、自給自足でオモシロを確保という線もある。実際会話にオモシロが必須ではないということを身に染み込ませないといけない。

帰るか……。